チームワークは豊かな心の育成と豊かな生活の実現を応援をします

チームワークは豊かな心の育成と豊かな生活の実現を応援をします

スタッフブログTOP  > いろんな人

慢心を指摘する人

「君が傲慢になっているんじゃないかと心配だ」という人。

その人は何を基準に傲慢だといったのでしょうか?
自分が基準ならば、自分が気に入らないから?
それとも、自分には相手が偉そうに感じたから?
それとも、自分にとってそういう態度をとるべきではないと思ったから?

いや、人間はそういう態度をとりべきではないと思ったから!

よく、人に好き嫌いを言う人がいますが、それははっきり言って、自分が勝手に相手を嫌っているのですよね。

「あの人のここが嫌い!」「このひとこんな考えだから嫌い!」「あの人はこんな人だから!」といいますが、それは自分にとって都合が悪いから、嫌いじゃないのでしょうか!?

だって、そういう人を好きという人もいるわけですし、その人はそれで正しいと思って生きているのですから!

そもそも、それをとやかく言うのは、言う側の判断基準や都合だと私は思うのです。
おそらくよっぽど自分にとって都合が悪いから、そう言うのでしょう!

それって本当は相手に対しての押し付けであり、自分のスタンスに合わせろ!といっているようなものだと思いませんか。

そんなひとこそ、よっぽど人を見下ろす傾向の考えがあるのじゃないかと私は思ったりしますね。

指摘や指導というものは、何かしら人を心理的にうわずらせ、えてしてその人自身の知識や経験からの判断が働いて、結果、上下関係や立場や自分の都合が生まれたりするのだと思うのです。

本当に相手を想う「思いやり」があるならば、「キミは傲慢」なんて出てこないでしょうね。

それこそ、「どうしてあの時そんな態度をとったのだろう?」とか、「あそこまで言い切ったのには何があったのだろうか?」とか、相手の真意や思いを気づこうとするでしょうね!

よく見かける傾向はこんな感じです。

Bさんという人が、いろいろと抱えて、ときに誰かに話を聞いてもらいたいと思い、Aさんと言う人に話しをしたとしましょう。

そして、AさんはBさんの話を聞いてあげて、「それは大変だね!悩んでるんだね」と言い、Bさんの相談にのってあげたと思う。

これはごく一般的な光景ですよね!

そこで、この出来事を通してAさんは何を感じているかというと、自分はBさんという人から相談される側だから、人から相談される身として、自分は優位にいるような気分になったりしていたりして・・・。

本当は、Bさんがただ正直に自分の中にある悩みを話しただけで、Aさんからお答えをもらおうとか、教えを乞うといった気持ちはまったくなかったのかもしれません。

しかしそれに対してAさんは、 「自分は相談を受けた立場だ。Bさんの力になってあげた。あのひとが私に相談してくるぐらい私は凄いものだ」と思い込んだりしているかもしれません。

時にこんな出来事を人に言いふらしたりもする人もいますね。

まったく自分の都合のいい判断から、自らを無意識に心理的に優位にたたせてしまうのでしょうね。

そのときその時が、自分にとって都合の良い判断を用意する人がいます。

こういう受け止め方は「ポジティブ」というものではなく、タダ自分にとって都合のいいように答えをこじつけているとしか言いようないですね!

まさに自己の問題逃避と他者への責任転換だと思います。

本当は、Bさんはただ正直に自分お話しを誰かにしただけなのに!

べつにAさんじゃなくてもよかったのかもしれません・・・。

そう思うと、誰が傲慢なのかが見えてくるのかもしれませんね。

はてさて、本当はどちらが傲慢なのか????

とにかく人って面白い。

全て自分の都合の良いように生きている人・・・ ^ ^
自分のためだけに・・・・。

ほんとに誰が一番傲慢なのでしょうか・・・・・・・・・・・・。

道明印

他人のふんどしで相撲をとる。

私は時に不思議の思うことがあります。

それは人のしていることを傍目で見ながら、うまく行きそうと思えば手伝うし、
そうでなければ関係ないとばかり、なんにも手伝わない人。

それって、要は自分の判断で結果を予想しながら、自分に有利な時から参加しようっていう、
要領の良いやり方。
宝くじで例えるならば、「当たりくじ」を持っているとわかれば、自分もなにかもらえると、
その人のそばにいくようなもので、ジャイアンツが優勝してから、「ボク優勝すると思ってた!」とか
「ぼく、ジャイアンツのファンやねん。」みたいなことを言う、ジャンケンでいうと「後出し」派。

そもそもリスクを抱えて立ち向かうから、その人が成果を手に入れることができるのです。
本気で行動しているが当たり前であって、行動しない人におこぼれはないのです。

人はまさに行動が大事です。

行動するから結果がある。 行動しない人には結果はないのです。
もし結果を要求するなら、それは結果を出した方から恵んでもらうのです。

結果はすべて行動した人に生まれます。
横目で観ている人は、 「傍観者」です!

近くにいたからとか、友達だからとか、何かに所属しているからだとか、僕なりに助けたとか
それは貰おうとする人の言い分で、まったく都合のいいお話です。

自分がやっていることならまだしも、人のやっていることで、仕事や給料をもらおうとしている
のは、サラリーマン根性とまでもいかない、まるで「ヒモ」の状態じゃないでしょうか。

こういうお話は、
友人、知人、先輩、後輩の仲でけっこうありがちなお話だと思うのですが、本当の思いやりや
優しさや、仲間意識といわないのではないでしょうか?

もちろん、失敗することを手伝って、自分も被害を受けるわけにはいきませんし、共倒れなんて
ありえないでしょう。 それは正しいです。

しかし、どうなんでしょうか。

相撲をとることを決めたならば、自分も土俵に上がることが当然でしょうし、自分のまわしを
つけることも必要じゃないでしょうか?

バリバリ頑張っている人についていけば、自分の何らかのおこぼれがもらえるんじゃないか
と思っている人。

夢や目標を持つ人の成果で自分の食いぶちをたてようとする人。

それって、言葉では「手伝うから」、「助けてあげるから」という甘い言葉に聞こえますが、
現実は自分のために人にぶら下がっていたり、自分が助けてもらう側だったりしますよね! 

本当は謙虚に頭を下げてお願いするのが礼儀なのではないでしょうかね?

でも絶対気づかないんでしょうね。そう言っている人は・・・・。

世の中そんなに甘い事はないと思います。

自分の夢だからこそ、自分にご褒美があってしかるべきで、それを手伝ったからといって、
おこぼれちょうだいはお恥ずかしい限りでしょう。

人は誰も自分の人生を生きています。
だから、夢や目標があるならばそれは全部自分のもので、誰かと方向性や目標とする
ところは同じことはあっても、結果の部分は決して同じという事はないと思うのです。

逆に夢や目標がないのは、どうかと思います。
給料手取りいくらとか、いついつに○○を買う!とか、自分のしたいことを自分でするんだから、
人からのおこぼれでは到底不可能でしょう。

自立と自律はやはり違うと思うんです。
こういうことがわかる人が自律してる人です。

そして最後に、
どこまでも夢の実現への成果は、主導権は夢や目標を持っている人のものであって、
助けた人、手伝ってあげた人のものではないということです。

だって、助けたのも、手伝ったのも自分の意志でしたのですから、責任は自分にあって、
相手には何の問題もないんですからね!

世の中、勘違いしている人が本当に多いと思います。

みんな自分のふんどしで相撲を取って、きっちりと結果を出して、自分に自信をつけましょう!

口では自信ありげに話をされる方でも、人のふんどしで相撲をとったり、人の家の棚からの
ぼた餅を期待しているようではお恥ずかしいですね。。。

だから、自分の夢や目標をしっかりと具体的に持って、自分の分は自分で手に入れる
行動を起こしましょう!

人からもらうことを決めている人は、もらう人であることをお忘れなく!

それと、

言ってること、やってること、おもってること。 は一致させましょうね!
自分は気づいてなくても、周りは黙って観ていますからね^^

道明印

なにか損なことでも・・・?

ほんと、いろんな人がいますよねぁ~。

今日のお話はこんな人。 「こんな人いませんか?」

せっかくいいことしてるのに、なぜだか最後までやりきらない人。

例えばこんな話

友だちの家に遊びに行って、散々部屋を汚してゴミを出して、飲んで喰ってコップやお皿を汚して、帰るときに「悪いから」と、炊事場で洗い物をしてくれるんですけど、コップは洗ってもお茶の入れ物や食器だけは、
洗わずにつけておいたままで終わる人。

?????

何故そこで終わったの?って聞きたくなります。
あとすこしで洗い物という作業が完了するのに! あとそれだけでスッキリするのに・・・!って。
そんな人って、途中で終わってしまって、気持ち悪くないのでしょうかねぇ?

この人にはどんな意図があったのでしょうか・・・? 考えてみました。(ホントは何もわかりませんが? 私の主観(笑))

・ 大きいものは自分の役割りではないからねぇ~。
・ コップは人の分まで洗ったkぁらいいことした~。 う~ん納得!なっとく!
・ ここまで洗ってあげたんだから、これ以上は損っ!。
・ だって、あの人やってないじゃん。一応下っ端だからここまでは・・・。
・ ここから先は、ここのいけの人の仕事!しごと。

ってまぁ、勝手なことばっかり書いていますが、

実は私が思うのは、そんなことを考えながら生きていたら、いつも損得で考えてしまって、最後までやらない習慣があると。自分のことだけはしても、人との事はいつも損得勘定になってしまうのはどうかと・・・。

私は思うのですが、「出来事や内容はともあれ、せっかく自分がやっていることなんだから、自分がすっきりする事が大切だと思いますが、自分も周りの人もスッキリするようにできれば、もっと気持ちがいいと思うのですがね。

「いい気分」は
自分だけ味わえばいいの???


まっ、しかし、

一番たち悪い人は何にもせずに帰る人もいますけどねぇ~。

Powered by
Movable Type 3.35