チームワークは豊かな心の育成と豊かな生活の実現を応援をします

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出会いと別れ・・・。

ふっと思ったことなんですが、

人生生きる中で多くの人々と出会ってきますが、ふっと立ち止まって自分の周りをよく観てみると、ほんの少数の人との関係しか残っていないと思いませんか?

そこでっ、みんなどこに行ってしまったんだろう? その人との関係はどうなってしまったんだろう?
と考えたとき、
印象深く頭に中に出てくる人といのは、自分にとって関わりが深かった人か、仕事やプライベートで、何か大きな影響のあった人しか出てこないと思うのです。

仕事上の利害関係や信頼していた上司のような関係もあれば、人間的な付き合いの方。
また偶然にも価値観がおんなじような人で共感性の合った人。 職業や目指す仕事が同じだった人。
夢や志が似ている人。

結構、その時々の自分にとって重要だった人ばかりだと思います。



では何故、そのような深い関わりに人たちと疎遠になったのか、その縁は何故切れてしまったのかと考えてみると、
特に印象深い人との別れや縁切れには、何か物事に対しての意見の対立や、考えの対立、価値観の対立が原因にあったように思うのです。 みなさんはいかがでしょう。

そう、
どちらが正しくて、どちらが間違っているかを争うようなものがあったのではないでしょうか。

今こうしていじっくり考えてみると、切れていく人はみな自分が正しいといって離れていかれたことが多かったと思いますし、
その人に対して自分のあり方や姿勢が、「私が正しい」といっていたのでは?と思うのです。

お互いが対立しているのだから、相手にとってはコチラが間違っていることになりますし、コチラにとっては相手は間違っているということになるのですよね。

もしかすると、人は人生のなかで無意識の中で「正義感」という目に見えない何かに振り回されていたのかもしれませんね。

社会正義だとか、物事の正邪だとか。無意識のうちに、そんな判断基準を設けてしまって、いつも人が正しくあることを証明したいのかもしれません。


人は得てして、何かと戦うというファイティングな人生をおくっているように思います。
人は追い込まれると、「戦う」か「逃げる」かぢトラ蚊の行動に出るといわれますが、まさに戦うほうを選んでいるのでしょうね。
特に思春期のころというのはは、
親に向かって。 学校に向かって! 大人に向かって!つっぱってとがっていますね。
会社に就職しては、
物事に挑戦する自分にむかって!嫌いな上司に向かって!社長に対して! 理不尽な会社に向かって。
世の中に対しては、地域に向かって、団体に向かって!政治に向かって 国家に向かって。

それが正義だと思っていたのでしょう。  

そのファイティングが物事を正せるとでも思っていたのでしょう。

でも、いまふっと思うのは、それを振り回すと、人は離れていくことがあるという結果です。

いくら自分が正しくても、いくら正義であったとしても、常に相手のあることなので、それは全て自分が思うことであって、相手はそうは思っていないのだということです。

とてもシンプルな考えなんですが・・・。

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