いずれば生、入れば死(老子五十章)
ちょっとグロテスクな文章だと感じると思いますが、
実はとてもシンプルなことで、それほど大事だということです。
これは、人が生まれて成長していく中で身につけた「一般常識」について
指摘した文面です。
略して言うと、「パラダイム(自己概念)から出ると自由な発想が手に入るが、
パラダイム(自己概念)の中にいるばかりでは、社会通念だとか、一般常識と
いう概念にしばられ、自由を失ってしまい自分を失ってしまうということです。」
パラダイムとは、「思い込み、決め付け、人生観・価値観、判断の基準」
のことです。
よくある話、「良い学校に入って、良い学校を卒業し、良い会社に入って仕事を
すると、幸せになれ、良い人生になる」と思い込んでいるケースです。
それが悪いことだというのではなく、私たちが気をつけたいことは、自分はこんな
パラダイムを持っているという自己認識と、それを自分に使うだけでなく他者や
子供たちの未来に、大きく影響してしまうということです。
子どもに対しては、今問題視されている「教育」へとつながっていくと思うのです。
小学校から塾通い、たくさんの知識を詰め込み、同年代と点数や結果で競争し、
良い学歴をつくる事が、良い人生を作るという大人の概念をつくってしまうことです。
本当にそれがよい人生を送れるといえるのでしょうか?
子どもというのは、無邪気に友達と遊んだり、スポーツをしたり、冒険をしたりと、
果敢な年頃で、好奇心を養ったり、ワクワクすることをしたりして楽しい経験をする
ことが一番大事なのではないでしょうか。
子どもらしいことをして、子ども同士の中でいろんなことを学び経験することが
もっとたくさんあるのではないでしょか。
そしてこのパラダイム、思い込みや決め付けは、物事を固定的に捉えてしまう
ため、同じような結果になること私たち大人がよく言いませんか?
「私また同じことやってる~。。。」とか、
「あれ~っ、こんなはずじゃなかったのに~。。。」
なんていうこと。
これって、自分のパラダイムが判断した結果起こることで、
だからそうなってしまうことに、そろそろ気付かないと、今後もまたぞろ同じ結果
になる可能性が高いのです。
これから脱皮するためには、自己概念、すなわちパラダイムから出るということです。
自分の考えに柔軟性を持たせることです。
そうすれば、柔らか頭になり、もっと自由な思考の世界へ入ることができ、
「駄目だと思っていたことが、いや、できるかも!」ということもあり、不可能が
可能の世界へ考えが移行できたりするのです。
いかがでしょう。
私たちの人生、人間らしく、人に優しく、思いやりを持って、自由で生きていくために
この自己概念から出てみられるのは。
そうすれば、きっと柔軟性を持った自分になって、自分に対しても他人に対しても
まろやかになれて、もっともっと自由な楽しい人生が手に入ると思いませんか!



