私の夢
唐突ですが、私の「なりたかった職業は何か?」と聞かれると、幼い頃は野球選手とか会社の社長とか、警察官など、どちらかというとカッコのいい職業を言っていました。
そして中学生になった頃は、「人の何かを変えて喜ばせたい」という思いから、美容師になりたいと思っていました。
実はそれ以降これといって本気で思った職業はなく、ただ「社会の中で成功したい」「お金持ちになりたい」と思っていただけでした。
そんな私が、いろんな仕事や経験をした30歳の頃、本気でしたい職業が出てきました。
それは「学校先生」でした。
しかもその学校というのは小学生から中学生といった年齢の子供たちにが対象の学校でした。
何故そんなことを思うようになったかというと、自分の四半世紀の人生を振り返り、いろんなこともありましたが、小学3~4年の頃クラスの男子からいじめにあったことが印象に残っていて、その時の担任の先生が私のことを理解していてくれて受け止めてくれていたことが一番大きいと思います。
そして、振り返ってみると、人は社会に巣立っていくために成長する過程の中で、この頃の年代が一番大事なときのような気がするからです。
「教育」それは学校の授業で勉強する「国語・算数・理科・社会」だけではなかったと30歳になってやっと気づいたのです。
人として育つために本当に必要なのは「知識教育」だけではなく「人間教育」だと思ったのです。
よくセミナーや講演会などで話す内容ですが、「教育」とは「教える」ばかりの頭から押さえ込む育て方ではなく、教える側も共に学びながらの「共育」であったり、他者や仲間と一緒になって協力して創りあげていく「協育」が、人として心の通う育て方だと思うのです。
創造するだけでも楽しいでしょ。
「点数がいいから頭がいい。頭がいいから賢い。賢いから偉い」みたいな、そんな劣等感を生むような考え方の教育が問題だとも思うのです。
そして、そのやり方を何の疑いもなく、当たり前だと子供は信じ行動し、親は躾や子育てを学校任せにし、子供たちは何が正しくて何が間違いなのかも分らず、ただ押し付けられた流れの沿い、高校受験、大学受験、そして就職試験と、競争競争の日々を送っていくのです。
そんな経験をした子供たちが社会に出てくるのですから、どんな社会になるのかお解かりしょう。
そして、その子たちは社会に出ても劣等感を感じないようにするため、常に誰かと競争し、勝ち負けを争い誰かに勝たねばならないという競争の人生を送ることになっているのです。
まるでその恐怖に駆り立てられて行動させられているかのようです。
ストレス社会になるのは当たり前です。
このような心の安らぎも自由もなく生き方に何の意味があるのでしょうか。
人間らしい生き方とはどういうものなのでしょうか。
私はこの教育というテーマに疑問を感じ、本来人として大事にしなくてはいけない「心の豊かさ」を手に入れる教育が今の時代に心から必要だと伝えたいのです。
確かに私は落ちこぼれで偏差値の低い学校に行き、高校卒業後ですぐに社会に出た低学歴者かもしれませんが、自由と行動、そして自分らしく生きることを追及し、いまでは社会の中で学んだ経験を生かして充実した毎日を過ごしています。
私の年齢はついに40台になってしまいましたが、現在では一般の社会人や主婦・学生を対象に「コーチングのコーチ」という職業についています。
ある意味、自分が自分の本当にやりたかったこと、「夢」は叶ったのです。
このコーチという仕事は、「その人の才能を伸ばし、自分らしさを磨き、自分に自信を持ってもらう」ということをおこなっています。
私の仕事は、人間としての成長と心の共育をクライアントさんと共にさせていただき、本当に楽しい毎日を過ごしています。
そこには共に楽しく成果を生み出すという大きな喜びと、人間の人生という感動のドラマがあるのです。
そして、「この感動と喜びを一人でも多くの方たちを分かち合いたい!共に育ちたい!」という思いから、本年1月28日に「[特定非営利活動法人 互恵支援ネット」という社旗貢献のための団体を立ち上げました。
「人生死ぬまで勉強!」とある偉人が言われたように、私はこの情熱と信念を持って、さらに「学び」という知恵に磨きをかけ、人と共に喜び、人と共に感動し合える人生をこの団体の中でおくっていきたいと思っています。



